節約生活

働きながら子育てするしーちゃんの節約日記

今日も電車が遅れました。
本当に安全確保のためなら仕方ないと思っているけれど、あまりにも毎日遅れるので、何のための時刻表なのだろう?とちょっと思いました。
きちんと余裕を持たせて時刻表を作っていたら、そんなに毎日遅れることはないんじゃないかなぁ・・・と思うんだけど・・・明日は遅れないことを祈ります。


朝、あきさんと少しお話をしました。
先生にはお話ししてあきさんには話してないこともあって、最近それを少しずつ話せるようになってきています。


数週間前まで、私の心の中には「あきさんと両親に心配をかけてはいけない」っていう気持ちがすごくすごくあって、気持ちが落ち込んでいるときや不安定なときでも、一生懸命笑うようにしていました。
がんばって、がんばって、疲れて、1人になったときにお薬を飲んで、そんな気持ちをごまかして、それでもなんだか苦しくて、辛いときもありました。


お仕事に行くあきさんを見送って、1人で家にいると、「私は何をしてるんだろう?」「どうしてきちんとした生活が送れないんだろう?」「こうやってあきさんや両親に心配をかけたまま介護されるようにずっと生きていくんだろうか?」なんてことを考えていました。
そんな自己嫌悪な自分から抜け出したい!今の自分を変えたい!と思うのに、体も心も上手く動いてくれなくて、先生曰くそれがまさに「うつ」という病気の症状なのだということでした。
インターネットで「怠け者」と言われてしまうような症状が「うつ」にはあるという文章を読んで、少しほっとしたりもしました。
今、私は病気だから、今のこの生活態度は「怠けている」のではなくて「病気の症状なんだ」って思うと少し楽になれたんです。
でも、やっぱり朝早くに出かけて、夜遅くに帰ってくるあきさんを見ていると「自分は何をしているんだろう?」「どうしてきちんとした生活が送れないんだろう?」っていう気持ちがまた湧いてきて、日々、そんなことの繰り返しでした。


お仕事が決まったのは、ちょうどそんな思いに毎日かられて「お仕事を辞めて3ヶ月以上経ったし、そろそろ新しいお仕事を探した方がいいかなぁ」と思っていたときでした。
経済的にもあきさんに全ておんぶに抱っこという状態も自分としては悪いなぁという気がしていました。
幸いに、就職先はすぐに見つかって、しかも希望の翻訳のお仕事で、「経済的に自立する」というだけじゃなくて「大好きな翻訳をお仕事としてできる」っていう、私にとっては一石二鳥なお仕事でした。
多分、経済的に自立するっていう理由だけでお仕事をしてしまうと、またウツの症状がひどくなったり、「私は一体何をしてるんだろう?」「お金のためだけに生きてるのかなぁ?」なんて思ってしまう可能性もあったので、翻訳のお仕事に就けたのは本当に本当にラッキーでした。


お仕事を始める前の週は、そのお仕事の面接があったり、病院の先生には「学校へ行くならお仕事はしない方がいい」って言われて悩んだり、ドグマチールを止めた影響もあったりで、精神的に不安定で、今までで最悪の状態でした。


お仕事も決まるかどうか分からない、学校とお仕事の両立ができる状態じゃない、それに加えて何かわけのわからないもやもやとした不安のようなものに押しつぶされそうでした。
今の自分から抜け出したい、でも抜け出せないかも知れない・・・。
その時の私はいろんなことに焦っていたのかも知れません。
焦って状況を変えようとして、でもできる自信もなくて、ただ不安ばっかり募って、最悪の状態に陥っていたのだと思います。


2月2日。木曜日。
2日後に病院へ行くことは決まっていたのに、そんな最悪の状態だった私は先生に電話せずにはいられませんでした。
先生は診療中で、なかなか電話がつながらなくて、そのことにも苦しくなって「先生を必要としている患者さんはいっぱいいるんだから、私はこんなことで電話しちゃいけない」って何度も何度も自分に言い聞かせて、それでもやっぱり我慢できなくて、2回くらい電話しました。
2度とも先生は診療中で、つながらなくて、そうこうするうちに、病院が閉まる時間になってしまいました。


先生にも助けを求められない・・・。


絶望的な気持ちになりました。
先生はいつでもニコニコ笑っていて、私の話を聞いてくれます。
先生がした質問に、どんなに私が下手な答え方をしても、訳のわからない答えをしてしまったも、うんうんと聞いてくれるんです。
どんな私でも受け止めて、お医者様として出来る限り最善の方法を探してくれるのが、先生なんです。
あきさんや両親にも話せない、自分の苦しい気持ちや辛い気持ちを先生に話せていたのは、きっとそんな先生だったからだと思います。


そのときの私にとって、先生は最後の頼みの綱みたいな感じでした。
先生とお話ししたら、いつも気持ちが楽になるし、先生の前では素直に泣けるし、先生には悲しいことは悲しいって言える・・・だから今、先生と話しをすることで、この最悪の状況から抜け出したい・・・そう思っていたのだと思います。


先生とお話ができないと思うと、どんどん気持ちがよくない方向へ向かいました。


「私なんていらない」


そう思いました。


気が付いたら、家中にある薬を集めてきて、「これを全部飲んだらきっともう目を覚ますことはないだろうな」なんて漠然と考えていました。
でも「やっぱり生きていたい」っていう気持ちもあって、「私なんていらない」って思ってる自分に「でも私は生きていたいって思ってる!」ってすごくすごく葛藤していました。


そんなとき電話が鳴りました。



・・・先生からでした。


涙があふれてとまりませんでした。
もう診療時間はとうに終わっているのに?どうして?


先生はいつものようにやさしくお話してくれました。



「生きていたいって思うけど、私なんていらない。どうしたらいいか分からない」



泣きながら訴える私に、先生は「絶対治るから」と言ってくれました。
今まで聞いたことがなかった、初めて聞く力強い先生の声でした。
「土曜日に診察だから、その時お話しましょう」と先生は言ってくれました。
決して、「土曜日来なさい」「それまでがんばりなさい」なんてことは言わなかったけれど、でも先生はもう一度「土曜日に、ね。」と念を押しました。
不思議なことに私は、土曜日までは生きていられる気がしてきました。


「先生、電話してくれてありがとう。」


素直に言えました。
先生はちょっとびっくりしているようでした。
そう言えば先生とお話するときはいつもきちんと敬語を使っていたのに、私と来たら・・・。


「土曜日にね。」


と先生はもう一度言いました。


「うん。先生に会いたい。」と言ったら、先生の声が少し笑ったように「うんうん。」と言ってくれました。


・・・あれから約3週間。
まだ私の心は不安定なときもあって、上手くいかないときもあるけれど、あのときに比べたら、随分落ち着きました。
そして今日、あきさんに「私なんていらない」と思ったこと、たくさんお薬を飲んでしまおうと、家中のお薬を集めたことを話しました。
あきさんはびっくりしていたようでしたが、私を抱きしめて、私は必要なんだよっていうこと、それから絶対にお薬をたくさん飲んだり、他の方法で自分を傷つけたり、もう二度と目が覚めないようになんて思わないように約束しようと言ってくれました。
少し躊躇したけれど、「もうそんなことはしない」と指切りげんまんもしました。


あきさんに心配をかけたくないと思うことで、逆に突然発作のように症状が悪くなって、あきさんにものすごく心配をかけていた自分に気が付きました。
あきさんも、隠される方が辛いし、今まで元気だと思っていたのにどうして?って対処出来なかったりもするから、ちゃんとしんどいときはしんどいって言ってくれた方がいいって言ってくれました。


その言葉だけで、私の病気は少しよくなった気がします。
これから完治するまでどのくらいかかるのか分からないけれど、少しずつ治していけたらなぁと思います。